
おはようございます。村上です。
今日は日本航空123便墜落事故から丁度25年目です。
皆さんもご存じだと思いますので、簡単に事故の概要を書きます。
1985年8月12日18時56分に、日本航空123便、東京発大阪行、ボーイング747SR-46が、
群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根に墜落した事故で、運輸省航空事故調査委員会による事故調査報告書によると、
死亡者数は乗員乗客524名のうち520名、生存者は4名であった。死者数は日本国内で発生した事故では最多であり、
単独機の航空事故でも世界最多である。夕方のラッシュ時とお盆の帰省ラッシュが重なったことなどにより、
著名人を含む多くの犠牲者が出、社会的に大きな衝撃を与えました。
1987年6月19日に航空事故調査委員会が公表した報告書では、同機がしりもち事故を起こした後のボーイング社の修理が
不適切であったことによる圧力隔壁の損傷が事故原因とされている。これをもって公式な原因調査は終了した。
遺族などの一部からは再調査を求める声があるが、行われていない。
事故の詳細についてはメディアかなり取り上げられているので省略させて頂きます。
生存者の証言では墜落から救助隊がかけつけるまでに10時間以上あり、最初はかなりの生存者が
いて、話し声があちこちから聞こえていたそうなのですが、時間が経過するにつれて少しずつ声が
消えていき最後には話し声が聞こえなくなった。
当時の政府や関係省庁の対応がもっと迅速であれば生存者の数は確実に増えていたはずなのに残念です。
今後二度とこのような悲しい事故を起こさない為にも、どうしても事故を防ぐことができなかったときに迅速に
対応できるように、この事故を風化させないように何十年も語り継がないといけませんね。
映画「沈まぬ太陽」公式ホームページ









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