昨日までのうだるような暑さはどこへ行ってしまったのでしょうか。
今日は、秋風さえ感じる過ごしやすい一日でした。
北海道は毎年この繰り返しなんですが、現実に過ごしている北海道人としては一抹の寂しさを感じます。
私なんぞ、昨日の暑いさなかに天気予報を見ながら「ああ、夏も終わりだな」と思っていました。
そうそう、今日はうれしいことがありました。
Aファイナンスに対する過払い金返還訴訟で勝訴判決を勝ち取りました。
もっともこの種の訴訟は勝つことがわかっているので、被告A会社も答弁書を出してきても、口頭弁論には出てきません。
仮執行付き判決を予測して担保供与による仮執行免脱の主張をしてきましたが、判決では「理由がない」として認められませんでした。
前例からすると控訴してくると思われますが、結果は当方の主張が全面的に認められることになりそうです。
ようやくしのぎやすくなってきましたが、私も少々夏バテ気味です。
わずかの日々でも33度以上が数日あるとさすがに皆様もお疲れではないでしょうか。
体調に気を配り、来る天高く馬肥ゆる秋を謳歌しましょう。
皆様、飲み過ぎないように(^_-)
2007年8月アーカイブ
皆様、ほんとに暑い日が続きますね。
でも、夏はこうでなくっちゃ。
もうすぐ盆踊りが始まりますね。しかし、盆踊りが過ぎたら北海道は秋風が吹き始めます。
ちょうど今、夏と秋の端境期で、「今日は暑いですね」という言葉も北海道人が言う場合は、なんとなくうれしそうです。
これが大阪、東京に居る時は暑いのがあたりまえですから話題にもなりません。
お盆はいかがお過ごしですか?
▼盆も正月も「家」に神さまを迎えるのが原型だった。盆の場合は「お精霊(しょろう)さん」、正月は「年神(としのかみ)」などと呼ばれるが、どちらも先祖の神、祖霊と考えられている。その祖霊が迷わないように目印として、盆にはかがり火をたき、正月には門松を立てて祖霊を迎えたのである。
▼お盆の場合、座敷に特別の魂(たま)棚(精霊棚)を設け、食事を供える。どの家にもお精霊さん用の食器があったことをご記憶の方も多いだろう。祖霊の送り迎えからその準備、さらに接待と忙しかった。だから「盆と正月がいっしょに来たような」だったのだ。
▼そればかりではなかった。盆と正月は働きに出ている若者が一時帰宅する「藪(やぶ)入り」の時期でもあった。嫁いでいる女性もこの時ばかりは実家に帰るのが許されたという。魂棚でいつもよりは狭くなった家で、一家が忙しくとも楽しい語らいの時間を持ったのである。
▼その盆と正月も今や変質した。魂棚を作る家がどのくらいあるのだろう。しかし、藪入り、つまり帰省の風習だけはしっかり残っている。海外旅行も増えた中、汗だくで親元へ急ぐ。そこには日本人のDNAを感じるし、ホッとさせられるような風景でもある。
~以上今日の「産経抄」引用
「藪入り」で故郷に帰っている方も多いことと思います。
やはり、ふるさとは落ち着きますね。
学生時代に学生運動にのめりこんでいた時、傷つき疲れ果てて(そんなナイーブでもなかったんですが)
それでも帰る所は父と母が暖かく迎えてくれる故郷札幌でした。
札幌は大好きです。
単身赴任のサラリーマンに対するアンケートで、帰ってからもう一度住みたい町のナンバーワンが札幌だそうです。
普段住んでいる我々は気付きませんが、札幌はいいところですよ~。
すべからく言えることだと思うんですが、ふだん気付かないこと、あって当たり前なことには感謝の気持ちはわかないものですが、なくなって始めてその重要性に気付くことってけっこうあるようです。
これは仕事でも、人間関係でも言える事ですね。
お盆のこの日、ふっと我に帰って、今のこの日常のありがたさに思いをめぐらせてみませんか。
こんばんは。
はっきりしない天気が続いていますが皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は、20代の10年間東京で過ごしました。
北海道には梅雨がありませんから、東京の夏は厳しかったですね。
ジトジトした日々が今日も明日も明後日も続く毎日・・・。
しかも、あのゴキブリ!!(-.-)
北海道にはゴキブリなる生物はいなかったので、こわかったですね。
あの生き物は、なんか虫には通常ない意思性を感じます。
ひょっとしたら、感情を持っているのではないのかなと思うことがありました。
なんとか駆除しようとしたら攻撃してきます。
それはそれで一生懸命行きようとしているのはわかるのですが、所詮人類とは相容れない仲なのかなとつくづく思ったことがあります。。(^_^;)
当事務所に来られる依頼人は、まじめな方が多いです。
もちろん、数あるうちですから例外の人もいます。
依頼人の話を聞いて、依頼の意思がはっきりした方には「支払をストップしましょう」と言います。
この時点で、「ほんとにいいんですか」と言う方がけっこう多いです。
最近は皆さん研究してから事務所に来られる方も多く、支払をストップして、債権者から取引履歴を取り寄せ引き直し計算ををして方針を決め、当方の費用を支払って債権者に対する支払を開始する、若しくは法的整理に移行するという段取りをよくわかっている方もけっこうおられます。
この期間が3~4ヵ月かかります。
この間に入ってきたお金だけで生活をしていくという習慣をつけてもらいます。
いわば、生活再建、生活習慣の見直しの期間なわけです。
以上のことは、同職の人であれば一般的に説明することであるわけですが、
結論から言えば、専門家にまかせる勇気を持って欲しいということです。
前稿で期待を持たせてしまいましたが、「人生王道なし」。「餅は餅屋」。
自分でいくら考えていても、実際どう行動してよいかわからない人が圧倒的です。
かくいう私も、専門以外は素人同然です。
弁護士、税理士、不動産鑑定士、弁理士・・・。
世に専門家、俗に士業(さむらいと呼びます)と言われる人はあまたおります。
せっぱつまったときは、他に選択肢が思い浮かびません。
人の限界と言うのでしょうか、人間自分の経験していないことには的確な判断ができないようです。
しょせん、人間一人では生きられないのですから、思い切って助けを求めてください。
その人なりの選択肢を必ず提供してあげます。
石原慎太郎先生が、同名の題で産経新聞に連載していました。
おこがましい話ですが、私もこのカテゴリーに関し、一家言あります。
日本人は、非常に人が良くて、シャイで自己表現がにがてです。
それに対照的なのが、アングロサクソン、中国、韓国です。
教育の所為もあるのでしょうが、彼らはいかに自己主張することができるのかがその人間の価値判断になるようです。
日本人は、自己主張することは一種恥ずかしいことであると考えてしまいます。
最近思うのですが、この日本人の特性(性と言っても良いかもしれません)によって、日本人はどれだけ国際社会で誤解されていることか。
どうやら国際社会においては、自己主張しない民族は主張自体がないのではないのか。
あいまいなスマイルを見せる日本人はなにを考えているのかわからないという誤解を招いているのではないでしょうか。
たとえて言えば、最近アメリカの議会で従軍慰安婦の弾劾決議が可決されました。
これなども、日本人が「反論」と言う作業をないがしろにしてきた結末ではないかと思うわけです。
日本人の美徳であるこのような謙虚な姿勢は国際社会では通用しないのではないのかな・・・と思う今日この頃です。
ある意味で、このような地道な作業は骨が折れることです。
しかしこれほど世界が狭くなって、リアルタイムでテロリストの悪行が中継される時代、我々ももう少し自己主張しても良いのではないのでしょうか。
横軸の地域性と縦軸の歴史が交わるところで、現在の我々があるわけです。
前稿で述べた価値観に関する拙稿は、日本人のアイデンティをいかに取り戻すか、明治時代の先達、戦前に生きたじーちゃん、ばーちゃんにいかに学ぶのか、ということを言いたかったわけです。
次回は本業に戻って、誰も書かなかった多重債務からの脱却法を私なりのユニークな視点から書いてみようと思います。
乞うご期待!
すっかりご無沙汰しました。
暑い日が続いてますが皆様お変わりありませんか。
今日は久しぶりにスタッフと居酒屋で一杯やってきました。
私は今56歳ですが、スタッフ(3人)と私の年齢をたして4で割ってもまだ20代です。(みんな若い!)
酒は毒にも薬にもなると言いますが、確かに程よく飲んでいる分には頭脳も明晰になるし、気持ちが高揚してくるし、よく寝られるし百薬の長(この字で良かったっけ)だと思います。
また、いろんな自分の気がつかなかったことを思い出しますね。
ああ、あの人に不義理をしていたな、とかしばらく親父のところに顔を出していなかったなとか。
時には、法務局に提出中の書類の間違いにふっと気づいて愕然として倉皇として帰ることもあります。
私の父は明治44年生まれの94歳で元気です。
父の母(私のおばーちゃん)は、私の生まれる前に亡くなって顔は写真しか知らないのですが、旭川で1番の料亭をやっていたそうです。
その当時、旧陸軍の第6連隊の駐屯地があって将校さんとか、貴族院議員もよく来ていたそうです。(若い人はわからないかな)
父も御多分にもれず赤紙で召集されて満州(今の中国東北部)に行ったそうです。
終戦の時、ソ連に攻め入られてそのままシベリアに抑留され、4年間極寒の地で過ごしたそうです。
私が年少の頃、酒を飲んではその当時の話をおもしろおかしく話していました。
昔の人はほんとにえらいと思います。
いろいろ言う人もいますが、私が思うに、その時はその時の価値観があったのであり、現代の衣食足りたこの時代の価値観で歴史をさも見下すように評価することはできないのではないでしょうか。
私が折に触れ腹が立つのは、このような傲慢な態度で歴史を判断する輩です。
だれのおかげで現在の日本があり、現在おまんまを食べさせてもらっているか。
この視点が今の日本人に一番問われていることではないでしょうか。
生意気なことをつらつら書いてしまいましたが、敗戦の日(あえて終戦記念日という語彙はつかいません)も近いことですし、こんなようなこともボチボチ書いていこうと思っています。
こりずにまた訪問してください。
ちょっとご機嫌です。(~o~)









